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人生は何色でしたか

知人にモーツァルトの大ファンがいて、その人からモーツァルトに関することを色々聞いていた。音楽に関して神童だったこと、11才でオペラ作曲、20才で宮廷音楽家。軽快で華やかな曲調、「僕はね、(モーツァルトの曲は)明るいから好きですねぇ」と知人は言っていた。

今日ラジオの聞き逃し放送リストを見ていて、たまたま見つけたのが
モーツァルトの『絶望名言』(NHK 読むらじる)
これを読んで驚いた。華やかな曲調とは真逆と言えるほどの、絶望に満ちた人生。

『僕たち家族4人は、幸福でも不幸でもありません。僕はその事を神に感謝しています。みんなが健康でさえあればそれでいいのです。幸福というものは、想像の中だけにあるのですから。』
モーツァルト、20才のとき。
翌年には母親が亡くなっている。

モーツァルト自身は35才で亡くなるが、それまでに父親が死に、生まれた子らが死に、音楽界からは冷たくされ... 本人はどう思っていたのか分からないけれど、天才ともてはやされたころは、父親にあちこち連れていかれ、大人の世界を嫌というほど垣間見ただろう。彼に「子ども時代」なんて無かっただろう。

だからこそ曲に希望をこめたのだろうか。

「僕の知り合いで僕のことを不機嫌そうだとか悲しそうだとか、そんなふうに言う人は1人もいないはずです」
だとしたら、彼の作品の本心は、すべて逆のところにあるのだろうか。

私の知人は、そういうモーツァルトの暗い面を一切話してくれなかった。モーツァルトを熟知していた人だから、知らなかったということはないと思う。

「モーツァルトの最期は悲しいですね。なぜ話してくれなかったんですか」
知人が生きていたら、そう訊いてみたかった。



とても分かりやすいモーツァルト年表を見つけました。
http://www.prmvr.otsu.shiga.jp/ensemblevoce/Mozart/Mozart1.html



1月14日の日記

家族、インフルエンザA型から回復。数日はウイルスが出るようだから気をつけないと。今回も私にはうつらなかった。
※用心したこと:
タオル、うがい用コップ、歯みがきペーストは別々のものを使う(普段から別々にしている)。大皿料理はやらない。同じ部屋で睡眠とらない。鼻をかんだりしたティッシュを素手で触らない。換気する。室内の加湿。睡眠不足にならないようにする。

読書、『哲学マップ』を読み始めた。図書館の本。最初「あーやっぱりなぁ私には難しすぎたか...」と後悔したんだけど、プラトンの"イデア"あたりから俄然面白くなってきた。今日読んだ中で、「"神"は視点」と捉えることに膝ポン!!

時空を超えたすべてを見通すことができる「神」という超越的視点は、<全体>をカバーしようとする哲学とも相性はよかった。

貫 成人『哲学マップ』 ちくま新書, 2004

見ているもの、見えていないもの

宇野千代さんがこんなことを書いておられた(私の記憶が少しあいまい)。

パリに行ったとき、そこかしこで男女が抱擁したりキスしたりしていた。それを見て「人前なのに」と思ってしまったそうだ。宇野さんは、目がこれまで何を見てきたかによる偏見なんだなぁと気づかされたと言っている。

よく言われるフレーズに、郷に入っては...というやつがあるけれど、宇野さんの視点は、国民性よりはもっと個人に寄っているように思える。彼女に対して古風なイメージを持っていただけに少し意外であった。

***
ガザの美容室』という映画を観たとき、何がびっくりしたかって、外では戦闘がくりひろげられているのに、美容室には女性たちがいて順番を待っていること。自分が「日常」だと思っている(信じている)ものが、他人にとっては日常ではない。スクリーンの向こうは非日常としか思えなかった。でも美容室の彼女たちにとっては確かに日常なのだ。と頭では分かるが、どう見てもそれ非常事態でしょう!?と混乱してくる。

混乱をひきずり映画は終ってしまったが、私にひとつ残ったのは「様々な日常がある」という気づき。50年近く生きてきたが、知らないことが多すぎる。学生のとき留学しとけばよかったかな。それはもう叶わないが、映画や本から刺激を受けることはできる。いろんなことを知って、自分でも気づいていない偏見を少なくしたい。

アナログな私は脱皮できるのだろうか

そういえば、このラジオはまだ売っているんだろうか?と思い、ネットで調べてみたら「メーカー取扱終了」になっていた。

このラジオというのは、いわゆるワールドバンド+アナログチューニング+小型のラジオのこと。まだネットで海外放送を聞くのが難しかった時代。探して探して買った。

実家の父がワールドバンドラジオを持っていて、当時のはA4サイズくらいの大きさだった。何語だか分からない放送が耳に飛び込んでくる。ワールドと言うわりに電波は弱く(きちんとアンテナを張っていないから当然だが)、ノイズが多くて全然ダメなんだけど「それがまた外国放送という感じ!」と子どもの私は気に入っていた。

そういう性質はしっかり遺伝して、大人になった私はA4よりずっと小さいワールドバンドを買ったのだった。

そのラジオの電池入れの蓋が壊れたとき、時代は既にインターネットラジオを生み出していた。それも無料で。親切なアプリもある。私もその恩恵を受けている。だよねぇ、そうなっちゃうよねぇと分かっていても、「取扱終了」という現実はさびしい。

うちにある小型ラジオ2台と携帯ラジオは全てアナログチューニングの年代物。最近売られているものは「シンセチューニング」とかいう機能付きのタイプが主流のようだ。本体に7〜10個のボタンが付いていて、一発で選局できるらしい。便利そうだけど、そんなにボタン、要る!?と、やっかみ気分でカタログを見る。

音楽にしても語学音声にしても、私は歩きながら聞くということが出来ない人なんだけど、今日は久しぶりになんとなく、携帯ラジオを持ち歩いてみた。AM、FMを切り替える、他局に変えてみる…うーん、面倒くさい。何がって、ちょっと立ち止まって操作しなくてはならない。ふと、シンセチューニングの件を思い出す。「そんなにボタン、要る!?」は、潔く撤回した。苦笑

年賀状の終り

1月7日、年賀状がちらほら届く。私宛てではなかった。たぶん家族が出した葉書に返してくれたものだろう。

その中に1枚、いわゆる年賀状終いのものがあった。近況を伝える文のあとに、急な感じで「年賀状もうやめます」と書いてあった。文脈からするとホント急な展開だったので驚いた。

高齢の方々は、その終いかたにかなり気をつかい、「終うときの文例」みたいなものを参考にするらしい。そりゃそうだろう。おそらく数十年続けたやりとりを、自己都合で切断するわけだから。相手に失礼があっちゃいけない、相手が気を悪くしちゃいけない、相手が「大病でもなさったか」と誤解しないようにと、細部に神経をつかうらしい。

先の知人はまだ若いからか(と言っても同年代で中年)、やめる宣言文はラフだった。まるで「そうだ、京都行こう」と同じくらい軽やかな一文。そうだ、平成も終わるし年賀状やめよう。そんな印象を、私は受けた(もちろん、それは私の勝手な想像である)。

年賀状終いは高齢者特有の現象ではなかった。もしかしたら若年層のほうが「そうか、やめられるものなのか」とノッたかもしれない。

今では葉書だけではなくテキストメッセージも使える時代だし、考えてみたら、年賀状って事実上は一方通行のような気がする。年末になると決まって「まだ書いてない」声を聞く。「まだ」にその人が抱えるプレッシャーを感じる。

…かく言う私、いただいた年賀状に返事を書く、というやり方をここ数年続けている。この先もこのスタイルで。これなら(枚数が極めて少ないので)90歳になっても続けられると思う。そのうち出す枚数も減っていくだろう。その前に自分の寿命のほうが尽きるか。


(年賀状を否定する立場ではありません。あしからず…)

それは分かっている

たとえばワタシ(仮の私)に何か病気が見つかったとして、自分がそれに気付いた時点で検査しなかったとする。

うちの親なら多分こう言う。
「何故すぐ検査しなかったの!?」
ごもっともです。こうなってしまったからには反論できない。

ただ、ワタシの本音はちょっと違う。
(それはそうだけれど、ワタシだって罹患したくてなったわけじゃない)

自分でも分かっていることを、自分以外の誰かから改めて言われるのはつらい。現実から目をそらしたいときに「現実を知りなさい」とわざわざ説得されるのはキツい。

ワタシが「そんな心配しなくて大丈夫だよ治療するんだから」と笑っているのは、ヘラヘラのほほんとしている訳ではない。誤解しないでほしい。

こんな時、説得とか「がんばりなさい」とか、「アンタこれからよ!」とかいう心構えの教えは要らない。


私ならそう考えると思います。

[今日の親とのやりとりから]

新年早々

風邪ひいた。

大晦日に頑張って大掃除したのがまずかったのか、当夜から発熱。翌日は元日で、嫁としては色々手伝わないわけにはいかず、無理して動くことに。二日の朝、37.8度。私は発熱に弱い。一日中、床についてた。この日は37.5〜37.8度をうろうろ。

そして今日。ようやく37度を下回るようになった。風呂にも入れた。やれやれ。

「今年は日記をつける」と宣言したくせに、三日坊主にもなれなかった。まぁ仕方ないか。遊び回って体調崩したわけじゃないんだから。

ということにして仕切り直す。

新年の抱負

新年だというのに風邪ひいた。症状は微熱だけだから動けてしまうが、動いていいのだろうか。家事はかなり省かせてもらった。すみません、ありがとうございます。
 
‘記を書く
去年、小諸の文房具店で紙の日記帳を買った。これは、ちょっとした家計簿付きのもので、生活ログを残すために使ってみようと思う。わたしはこのブログも書いているしSNSもあるから、うまく使い分けられたらいい。まずは何でもいいから書いてみる。
 
∨椶魴遒5冊読む
今年は哲学分野に挑戦したい。昨年末に出会ったスピノザを皮切りに、興味が繋がるままに。
 
1親阿垢
なるべく歩く。温泉に行ったらサウナを使う。免疫力が上がるそうだ。去年はめまいと耳の閉塞感に悩まされたが、今年はそれがありませんように。

晦日の買い物

ちょっとした買い物があったので隣町まで出掛けた。晦日、買い物客の熱気に圧されて、予定以外の物をけっこう買ってしまった。

ここ数年、年の瀬の買い出しをしたあと、地元の中華料理店で湯麺を食べるのが、わが家の恒例となっている。今年も無事に締め括った。

むかしは「なんでこんな混雑する時期に、わざわざ出掛けるの?」と思っていたけれど、今はそれが何故なのか分かる。もちろん正月準備のための外出なのだが、この行為が「今年もなんとかやりきった」感じを持たせてくれる。うちの場合は湯麺だけど、それでも立派な達成感がある。

年を取ったのか?(笑)
まぁそれも悪くない気がした。

ラジオと生活(3)

先日のラジオ相談では、ラジオやテレビで音声を流していないと落ち着かない、というリスナーさんがいたけれども、どうなったかな。回答編まで聞けなかったから、その後が気になっている。

私はそれを聞いて、なんとなく気持ちがわかる気がした。日中、私も常にラジオをつけている。夜、うっすら聞こえるか聞こえないかの音量で『ラジオ深夜便』をつけて寝るとなんだか安心。

いろんな些末なこと、気がかりなことを考えずにいられるからかな。聞くでもなくラジオをつけているとき、私の理由はたぶんそれ。

ラジオでは、相談に対して別のリスナーさんがコメントを寄せた。「生活に支障なければ、その行動は特に直さなくてもいいんじゃないか」。私もほぼ同意する。


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