かばん、バイバイ。

 きれいに収まっていたはずなのに。気づけばクローゼットは使いづらくなっていた。そこは鞄とコートの収納場所。鞄を使ったあと、しかるべき場所のしまわず、手前にポン上にポンと置いてきた。その結末だった。
 物は増えていない。でもこんな状態になったのは、私がテキトーな人だから?それとも飽和状態なのか?
 まず積み重なった状態を整理する。それでなんとか(見たところ)問題なく整った。これで作業を終えても良いくらいきれい。
 中になにか入ったままになっていないか。カビたりしていないか。一点一点、鞄の状態をチェックしながら頭に浮かんだことがある。「そもそも私はこの鞄を使いたいのだろうか?」 中には5年以上、手にとっていないものもあった。それも新品同様。一方で、かなり使い込んでボロボロなのに手放そうとしなかった物も。鞄のなかの防水加工生地が劣化して、さわるとべたべたする。それなのにまだ持っている!
 これはもう、一種の決断をするときが来たんだな・・・。持っていても使わないんだったら、それは持っていないのと同じだもの。
 ということで、さっそく選定作業に入った。基準はふたつ。劣化しすぎて使えない、この2年は使っていない、そんな鞄とお別れする。後ろ髪をひかれても、だ。
 実際は髪をひっぱられっぱなしだった。あー、これは初めてアメリカに行ったときモールで買ったんだ(懐かしすぎる)。あ、これは使いやすくてヘビロテしたんだよなぁ。あぁこのメッセンジャーは色とデザインが気に入ってたのに。
 たぶん、思い切って処分しても後悔しない。それは何となく分かっていても、あの鞄のなかにある思い出が走馬燈のように・・・。そこだけなんだ。頑張って吹っ切るところは。そう自分に言い聞かせながら45Lサイズの袋に入れていく。そのまま袋に突っ込まず、まず古新聞でくるんでやってから。
 比較的(というか見た目が)新しいものは、リサイクル店に持ち込んでみよう。新しい人生(?)を歩んでほしい。
 そして今日あの鞄たちは引退していった。
 数時間経って、ゴミステーションを確認してみたら、すっかり収集された後だった。折りたたまれた収集カゴがさびしい。
 万が一「×これは収集できません」とステッカーが貼ってあったらどうしただろうか。やはり私と縁があるんだなと解釈して鞄たちを連れ帰っただろうか。
 いろいろ考えてしまう。でももう無いんだ。手離したことに悔いはないのに、あの鞄の感触や佇まいが思い出されてならない。気持ちの整理をつけるには、まだ少し時間がかかりそうだ。