見ているもの、見えていないもの

宇野千代さんがこんなことを書いておられた(私の記憶が少しあいまい)。

パリに行ったとき、そこかしこで男女が抱擁したりキスしたりしていた。それを見て「人前なのに」と思ってしまったそうだ。宇野さんは、目がこれまで何を見てきたかによる偏見なんだなぁと気づかされたと言っている。

よく言われるフレーズに、郷に入っては...というやつがあるけれど、宇野さんの視点は、国民性よりはもっと個人に寄っているように思える。彼女に対して古風なイメージを持っていただけに少し意外であった。

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ガザの美容室』という映画を観たとき、何がびっくりしたかって、外では戦闘がくりひろげられているのに、美容室には女性たちがいて順番を待っていること。自分が「日常」だと思っている(信じている)ものが、他人にとっては日常ではない。スクリーンの向こうは非日常としか思えなかった。でも美容室の彼女たちにとっては確かに日常なのだ。と頭では分かるが、どう見てもそれ非常事態でしょう!?と混乱してくる。

混乱をひきずり映画は終ってしまったが、私にひとつ残ったのは「様々な日常がある」という気づき。50年近く生きてきたが、知らないことが多すぎる。学生のとき留学しとけばよかったかな。それはもう叶わないが、映画や本から刺激を受けることはできる。いろんなことを知って、自分でも気づいていない偏見を少なくしたい。