私の世界は固有で可変

生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルによると、「すべての生物は、それぞれ異なる時間と空間を生きている」。この考え方を環世界というそうだ。

たとえば高齢者の多くは階段を見つけて「やれやれ大変だ」と思うが、体力ある若者は苦にしない。また、若者であっても脚に怪我をしていれば、階段を避けたいと思うだろう。→脚が不自由になったことで、高齢者の世界に気づく

たとえば私の風景写真には電柱がど真中に写っていたが、あまり気にしなかった。写真が趣味の家族からそれを指摘された。以来私は、余計なものが写り込まないように気を付けるようになった。→家族の環世界を理解した(写真を学んだ)ことで、自分の環世界が変化した

たとえば私は猫がいない生活は考えられないが、知人のAさんは「動物が家の中にいるなんてありえない」と言う。→これは難しいケースかもしれない(笑)

「環世界」なんて漢字で書かれたら何のことやら...という感じだが、身近な事例に当てはめてみれば分かりやすい。

私は仕事するとき、利用者(高齢者)の立場でものごとを見るようにしている。私の環世界と利用者の環世界が違っていても、互いの環世界は変化させたり作りかえることができる、というのも納得した。


読了:
哲子の部屋供/佑呂覆竺悗个覆い箸い韻覆い?